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【新宿御苑開園120年と昭和100年~歴史をつなぐ】国民公園誕生

歴史

新宿御苑は今から77年前の1949年5月21日に国民公園として一般公開されました。新宿御苑史において「5月」という月は、様々なターニングポイントとなっています。
また、2026年は新宿御苑開園120年であること、昭和100年にあたることで、新宿御苑の歴史のなかでも「昭和」にスポットを当て、「歴史探訪」をテーマにした連載記事を国民公園協会新宿御苑のブログやXで、歴史にちなんだ話題をご紹介していきます。

第1回【新宿御苑開園120年と昭和100年~歴史をつなぐ】皇室庭園の完成
第2回【新宿御苑開園120年と昭和100年~歴史をつなぐ】皇室庭園時代
第3回【新宿御苑開園120年と昭和100年~歴史をつなぐ】新宿御苑のキーマン「福羽逸人」
第4回【新宿御苑開園120年と昭和100年~歴史をつなぐ】皇室行事に用いられる「イチゴやランの誕生」
第5回【新宿御苑開園120年と昭和100年~歴史をつなぐ】観桜会
第6回【新宿御苑開園120年と昭和100年~歴史をつなぐ】観菊会
第7回【新宿御苑開園120年と昭和100年~歴史をつなぐ】旧洋館御休所
第8回【新宿御苑開園120年と昭和100年~歴史をつなぐ】旧御凉亭

昭和24年(1949)の5月21日に国民公園として一般公開された新宿御苑は、翌年3月までの10ヵ月間で105万人もの入園者数を記録するほど人々の感心を集めました。
そして現在も年間で250万人を超えるお客様にご来園いただいています。

明治から昭和のはじめにかけて、皇室の御料地として農作物や花卉などの栽培が行われる一方、パレスガーデンとして国際親善を目的にした皇室行事が行われていた新宿御苑ですが、昭和20年(1945)の3度の空襲により、旧御凉亭と旧洋館御休所を残し、苑内はほぼ全焼してしまいました。

【写真:福羽逸人の「回顧録」から】

事務所とともに、書籍やマルチネーの原図を含む図面などもみな焼失しましたが、洋書のランの栽培書だけは、地下ボイラー室に避難させてあったために戦火を逃れ、のちに新宿御苑の貴重な資料となりました。
温室では、御苑で作出したラン数鉢を苑内で集めた薪を使って火をおこし、ようやく越冬させていました。
食糧増産のために芝生は開墾されて農耕地となり、農兵隊がジャガイモやサツマイモ、麦などを栽培しました。
戦争という厳しい状況の中では、御苑といえども庭園でありつづけることは不可能でした。

戦後、昭和21年に東京都知事から都の農業科学講習所用地として、新宿御苑を借用したいという依頼がありました。一時的に東京都の所管となり都立農業科学講習所高等部が発足しましたが、昭和24年に廃止され、5月21日に正式に一般公開されました。

日本国憲法発布後、昭和22年12月の閣議決定によって旧皇室庭園である新宿御苑は、皇居外苑、京都御苑とともに、「国民の慰楽、保健、教養等、国民福祉のために確保し、平和的文化国家の象徴」として運営していくことが決定し、厚生省に所管を移しました。
旧皇室園地であった新宿御苑は、国民に与えられた国有財産となり、御苑の現状復帰への取り組みは戦後復興とともに、国家一丸となって行われました。


【写真:過去に使用していたチケット(現在は公開されていません)】


【写真:初代温室】

現在は環境省の所管になり、絶滅危惧植物の生息域外保全活動や、日本植物園協会および各植物園などとの連携、旧洋館御休所の重要文化財の指定、また大都市の中の貴重な緑地として、多様な面において、重要な役割を担っています。
国内外からの来園者数は年々増加していることから、今日、国民公園としての需要がますます高まっています。
今後も美しい景観を守りつつ、後世にわたって残る新宿御苑となるよう日々努めてまいります。
みなさまのご来園を心よりお待ちしています。

現在、インフォーメションアートギャラリーでは「新宿御苑開園120周年記念&昭和100年記念特別展」を開催しています。新宿御苑の紹介と、新宿御苑にあったゴルフコースなど、新宿御苑と昭和天皇のゆかりについて紹介する特別展です。
是非お立ち寄りください。

【日時】  令和8年4月28日(火)~令和8年5月24日(日) 9~18時
【主催】  環境省新宿御苑管理事務所

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