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【新宿御苑開園120年と昭和100年~歴史をつなぐ】皇室庭園時代

歴史

新宿御苑は今から77年前の1949年5月21日に国民公園として一般公開されました。新宿御苑史において「5月」という月は、様々なターニングポイントとなっています。
また、2026年は新宿御苑開園120年であること、昭和100年にあたることで、新宿御苑の歴史のなかでも「昭和」にスポットを当て、「歴史探訪」をテーマにした連載記事を国民公園協会新宿御苑のブログやXで、歴史にちなんだ話題をご紹介していきます。

第1回【新宿御苑開園120年と昭和100年~歴史をつなぐ】皇室庭園の完成

現在、国民公園として広く親しまれている新宿御苑ですが、1906年(明治39年)に皇室庭園として誕生しました。
第2回目は、国際親善のため観桜会、観菊会などが開催され、日本の国際外交の場としての役割も果たしてきた時代をご紹介します。

皇室庭園となる前の明治初期は、新しい国づくりのために農業の近代化を重要視した政府の方針により、国営の農事試験場・内藤新宿試験場が創設され、西洋農業技術の研究や指導者の育成が進められました。1879年(明治12年)に宮内省の所管の「新宿植物御苑」に改称し、皇室御料地として農作物や花卉などの栽培が行われるようになりました。
新宿御苑となってからも、宮中で供する御料野菜や果樹、洋らんの栽培も強化されました。
この時、新宿御苑の創設に深く関わった福羽逸人は、自身の「回顧録」で『宮中に於ける重要なる饗宴卓上の在ては、常に蘭花専用の装飾を施せり。斯くの如くなれば、欧州列強の皇室の於いても亦此主の花卉以上に秀麗なる物なきは、一般人の確認する所なり。故に予が二十五年間の経営辛苦は今明かに其目的を達し、予の努力によりて宮中に特種の光彩を添えたり。』と記しています。

(宮中晩餐会の卓上花:「回顧録」より

大正時代後半には、9ホールのゴルフコースやテニスコートが整備され、皇族の方々が園遊の場として訪れるようになります。明治29年(1896)に創設された「旧洋館御休所」は、クラブハウスとして利用されました。

(ゴルフコース)

(旧洋館御休所)

大正から昭和前半にかけて、国際親善を目的とした皇室行事「観桜会」、「観菊会」が新宿御苑で行われていました。

観桜会は、明治16年(1879)から大正5年(1916)まで浜離宮を会場としていましたが、大正6(1917)年から新宿御苑へと移され、その後、昭和13年(1938)まで開催されました。
福羽逸人はパレスガーデン誕生前から、桜の品種の収集に力を注ぎ、特に八重桜の一葉(いちよう)と普賢象(ふげんぞう)は観桜会の時に観賞すべき品種としており、現在でも多くの種類が楽しめる八重桜の名所となっています。

(フゲンゾウ:2026年4月撮影)

「観菊会」は、明治11年(1878)より赤坂離宮御苑で催された皇室行事で、新宿御苑では、明治37年より展示用の菊の栽培が始まり、昭和4年(1929)からは会場を新宿御苑に移して行われるようになりました。
現在では、皇室ゆかりの催事として毎年11月1日~15日まで「菊花壇展」として開催されています。

(昔の大作り)

(大作り花壇:2025年11月撮影)

その後、昭和24年(1949)5月21日に国民公園新宿御苑となり、宮内省時代から受け継いだ伝統の菊花を初めて一般公開しました。
現在も新宿御苑の菊花壇は、明治から変わらぬ伝統を継承し、菊の栽培はもとより、上家や独自の植え込み技法など、ほかでは見ることのできない皇室ゆかりの格式ある様式を今日に伝えています。

このように大正から昭和の時代にかけては、国際的な訪客も多く、新宿御苑はパレスガーデンとして広く世界に知られ、発展を遂げていきました。

本記事でご紹介した新宿御苑の歴史や昭和期のエピソードは、現在開催中の特別展でも詳しくご覧いただけます。

【イベント情報】
「新宿御苑開園120周年記念&昭和100年記念特別展」
新宿御苑のあゆみや、かつて園内に存在したゴルフコースなど、昭和天皇ゆかりのエピソードをご紹介しています。

・日時 2026年4月28日(火)~5月24日(日) 9:00~18:00
・場所 新宿御苑インフォメーションセンター内アートギャラリー(入館無料)

ご来園の際は、ぜひお立ち寄りください。

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