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皇居 東御苑・夏のおすすめ散策コース

皇居について

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皇居 東御苑は江戸時代、本丸や二の丸、三の丸など江戸幕府の中枢があり、国を動かしていました。

現在は、今なおを残る当時の歴史的遺産と、新しい庭園との調和が楽しめる場所として一般に公開されています。

今回ご紹介するコースは『大名気分』が味わえる「皇居 東御苑・夏のおすすめ散策コース(約1時間半)」です。園内各所にある休憩所で涼をとりながら、皇居 東御苑をぐるっと散策してみましょう!

 

散策の際は帽子や日傘などを使用し、こまめな水分補給を忘れずに、熱中症には十分ご注意ください。

 

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それでは早速散策スタート。今回のコースの出発地点は、「大手門」の最寄り駅、地下鉄大手町駅C13a出口です。

 

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出口を出て正面の横断歩道を渡ると斜め右手に見えてくるのが、江戸城の表門「大手門」。江戸時代、諸大名たちが登城し本丸表御殿にいたるには、こちら大手門と内桜田門(桔梗門)の二ヶ所と定められていました。

 

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当時、大手門の橋の手前には「下馬」と書かれた札が立てられており、大名や役高500石以上の役人などの乗興以上のもの以外はここ大手門で降りました。この場所から先は従者の人数が制限されており、大名はお供のほとんどを残して、城内へと入って行ったそうです。

 

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門を抜け園内に入ると、右手に現れる建物が「三の丸尚蔵館」。こちらの施設では、皇室に代々受け継がれた絵画・書・工芸品などの美術品が展示公開されています。期間によって見られる展示が異なるので、事前に確認される事をオススメします。

※詳細については宮内庁ホームページをご覧ください。

・・・ここで一つ目の休憩所に到着!三ノ丸尚蔵館に隣接する大手休憩所は、皇室ゆかりのお土産が購入できるほか、外には自販機、お手洗いがあります。

室内では皇居に関する映像が流れていて、散策前に椅子に座りながら皇室や皇居東御苑について知ることが出来ます。

 

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休憩所で一休みしたら、出てすぐ右手の本丸御殿の入り口「大手三ノ丸跡」へ向かいましょう。

現在は石垣を残すのみですが、本来はいかめしい渡り櫓門が聳え建っていました。かつては堀があって「下乗橋」と呼ばれる木橋が渡され、徳川御三家と日光門主以外はここで乗り物を降りていたのだとか。

 

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大手三ノ門を抜けて最初に登城者を待つ検問所は、こちら「同心番所」。ここには警備の武士たちが詰めており、本丸御殿に向かう人たちに目を光らせていた場所。警備担当者は現在の大久保あたりに住む軽輩の武士たちで、遠距離通勤だったそうです。

 

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同心番所を無事通過した者を待つ次の検問所は、「百人番所」。50メートルほどの番所には、伊賀・甲賀・根来・二十五騎などの実践に長けた4組の武士たちが、100人ずつ昼夜交代で詰めていました。

 

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百人番所を抜けると次に現れるのは、大きな切り石を高く積み上げた石垣が圧巻の「中ノ門跡」。一分の隙もなく積み上げているのは、威圧感演出のためなのだそうです。昔は石垣上に壮麗な渡り櫓門がそびえていたので、ものすごい迫力だったでしょうね。

 

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中の門跡を過ぎた辺りから、それまで微妙だった勾配が急に増して、本丸御殿に向かう道は急坂になります。まさに「登城」という感じ。こちら右手の大番所では、身分の高い武士たちが詰めていたとされ、登城者たちに目を光らせていました。

 

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坂を上りきると、ようやく最後の門、「中雀門(ちゅうじゃくもん)」に到着です。

 

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石垣の黒ずみは江戸後期の火事の痕跡。当時の火災のすごさを思い知らされますね。

・・・大名たちはこのように、城外から本丸の玄関に達するまでに、大手門、大手三ノ門、大手中ノ門、それにこちらの「中雀門」の4ヶ所の門を通らなければなりませんでした。

 

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それでは、本丸跡の中でも緑の多い場所を通りながらのんびり遺構を巡りましょう。

「忠臣蔵」でおなじみの「松の大廊下」は、現在緑に囲まれ涼し気な木陰をつくっています。元禄14年(1701)3月14日、勅使接待役(ちょくしせったいやく)の赤穂藩士(あこうはんし)、浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)が、高家筆頭・吉良上野助義央(きらこうずのすけよしなか)に対して、刃傷に及んだ事件があった場所です。

 

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緑を抜けると、「石室(いしむろ)」と呼ばれる石づくりの蔵のようなものが現れます。内部の広さは20平方メートル。戦争や火災などの非常時に、大奥の調度品・文書などを納めたといわれていますが、本当のところは不明なのだそうです。

 

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本丸跡中央に位置する芝生広場の南側は、かつて徳川将軍の正室(御台所)をはじめとする3千人の女性が住む「大奥」でした。現在跡地には、樹木に囲まれて、ポツリと往時を偲ばせる古井戸が残っています。

 

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そんな大奥跡の北側に聳える巨大な石積みが、「江戸城天守閣跡」です。天守閣は慶長期、元和期、寛永期の3回にわたり再建されましたが、寛永天守が明暦の大火で焼失。その後、再建は見送られて、天守台だけが残ることになりました。

 

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天守台のすぐ背後に位置する「北はね橋門」もお見逃しなく。緊急時には橋を跳ね上げていたことからこの名がついたこちらの門には、現在も門の梁(はり)にはね上げた木橋を固定する為の金具が残されています。

 

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・・・ここで二つ目の休憩施設をご紹介。本丸跡の中間に位置するこちら、「本丸休憩所」でも、先ほどご紹介した「大手休憩所」同様お土産を購入したり、涼をとることができます。隣にはお手洗い、自販機も。本丸の方角を向いて設置されているベンチに座って史跡を眺めならひとやすみするのも良いですね。

 

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・・・汗が引けたら、北はね橋門の築地塀沿いを東へ進みましょう。しばらくすると、「梅林坂」と呼ばれる急な下り坂が現れます。

 

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江戸城を創建した太田道灌がこの地に菅原道真を祀り、数百本の梅を植えたのが名前の由来。現在は約60本の木が植えられています。

坂を下ったら左へ曲がり、道なりに進んで行くと・・・

 

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今回の散策コースの最後を飾る、「平川門」が現れます。三の丸の正門で、大奥に通じていたことから「お局門(おつぼねもん)」とも呼ばれました。

 

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平川門をくぐると広がる「枡形広場」の左側には、城中で亡くなった人や罪人を出すための「不浄門」が見えます。こちらの門は広場の奥に位置するため、気付きにくいので見落としてしまいがち。注意して探してみてくださいね。

 

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江戸城跡である皇居 東御苑は、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような気分が味わえる特別な場所。夏場は夕方の散策がオススメで、天気の良い日は江戸城の史跡が夕日によって美しく染まる景観がご覧いただけます。

豊かな自然と多くの歴史的遺構が楽しめるここ皇居 東御苑で、夏の空気を感じながら、のんびり散策を楽しまれてはいかがでしょうか?

 

※平川門の最寄り駅は、平川橋を渡って左手に約100m歩いた場所に位置する「地下鉄竹橋駅」です。

※散策の際は、こちらのパンフレットをご利用ください。

自分歩きマップ(歴史)

自然歩きマップ(自然)

 

※今回のコースを地図でご覧になる方はこちら.pdf

 

 

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