歴史遺構
(北の丸公園)

北の丸公園のルーツ

江戸城の本丸や吹上御苑と接する北側に位置し、三代将軍家光時代には、三男長松(甲府宰相綱重)や春日局、天樹院(千姫)、弟の駿河大納言忠長らの屋敷がありました。その後、1731年(享保15年)から田安家と清水家の屋敷地でしたが、明治に近衛兵の兵舎が置かれ、1969年(昭和44年)に昭和天皇の還暦を記念して北の丸公園として整備されました。

北の丸公園

田安門と田安門櫓

東西を深い濠地の牛が淵と千鳥ヶ淵に囲まれ、南が江戸城中心部に接しており、北側が高い台地を形成しています。田安門外にはソメイヨシノが並び、もみじも見られます。田安門は文化遺産に指定されています。

田安門と田安門櫓

田安門と田安門櫓

雁木坂が残る清水門

小さな橋を渡り高麗門をくぐると、枡形形式の広場があります。そこから渡櫓門をくぐって左に曲がっていくと江戸時代そのままの「雁木坂」が残されています。

雁木坂が残る清水門

雁木坂

高さがあって幅のある階段は登りにくく、間の空いた階段の形が雁の行列を作って飛ぶ姿に似ているのでこの名前がついたと思われます。江戸城址で雁木坂が残っているのはここだけで、往時を知る貴重なものといえます。

雁木坂

築地塀が残る北桔橋門(きたはねばしもん)

北桔橋門の両袖には、白い築地塀が残されていて、天守閣の背後の守りの重要性を感じます。このあたりの石垣は、江戸城の城壁の中で、最も高く(18.5m 内外)堅牢に野面積み(のづらづみ)という工法が用いられていますが、これは、自然石をそのまま積み上げるため、隙間が多く見た目には崩れそうですが、地震に対して最も強いとされています。

築地塀が残る北桔橋門(きたはねばしもん)

皇居周辺の石垣

現在の皇居と北の丸を加えた地区は、江戸城の内廓(うちくるわ)と呼ばれていた部分です。これを各濠が取り巻いて、表側(東面)には堅固な石垣が巡らされ、裏面(西側)には土塁式石垣が延々と続いています。土塁式石垣は構造的には三段構造となっており、基礎部分は濠の中に入って土台となる大型の根石が据えられています。

皇居周辺の石垣

明治の象徴的建築美・レンガ造りの工芸館

皇居周辺の赤レンガ造りの美しい建築物としては東京駅や法務省本館が有名ですが、この工芸館もその一つです。正式には東京国立近代美術館の分室で、1911 年(明治43年)陸軍技術、田村鎮の設計で立てられた旧近衛師団司令部庁舎だったものです。

明治の象徴的建築美・レンガ造りの工芸館

明治の象徴的建築美・レンガ造りの工芸館

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