京都御苑について

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千年の歴史と四季折々の豊かな自然に囲まれた京のセントラルパークへようこそ

京都御所は平安時代から明治に至るまで千年以上にわたり天皇がお住まいになり、政事を行った所であり、京都は長い間日本の「都」でした。
江戸時代末期には京都御所を囲むように公家屋敷街が形作られていましたが、明治維新を迎え京都から東京(江戸)へと都が移り、
それに伴って天皇と公家たちも東京へと移り住んでしまいました。

そのため御所と公家屋敷街は一時期荒れ果てましたが、明治天皇のお考えもあり、大内保存事業が開始され、
公家屋敷街一帯は建物を取り払って樹木などを植えて公園化し、新たに「京都御苑」として生まれ変わりました。
その後、大正天皇、昭和天皇の即位大礼は、京都の地で御所と京都御苑を式典の会場として執り行われました。

戦後、京都御苑は広く国民に開かれた公園となるように、訪れる人々のために休憩所、児童公園や運動施設などが苑内に新たに整備されました。
現在では、京都御所、京都大宮・京都仙洞御所、京都迎賓館を含む緑豊かな約100ヘクタールに及ぶ広大な敷地は、
九門五口の出入口がある公園として、国内、海外から訪れる観光客や身近な市民の憩いの場として、広く親しまれています。

歴史

794年(延暦13年)

桓武天皇により定められた平安京の内裏(皇居)は現在の京都御所から約2kmほど西に在り、度重なる内裏の焼失により、主に摂関家の邸宅を一時的に皇居とする里内裏が置かれました。

1227年(安貞元年)

火災以後は、元の位置に内裏が再建されることはありませんでした。

1331年(元弘元年)

光厳天皇がここで即位されて以来、御所とされたものです。

1392年(明徳3年)

南北朝合一によって名実ともに皇居に定まり、
明治に至るまでの500年もの間
天皇の住まいでした。

1869年(明治2年)

明治天皇の東京遷幸が挙行され、これに伴って、多くの公家達も東京に移住したため、公家町は急速に荒廃していきました。

1877年(明治10年)

京都に還幸された明治天皇は、京都府に御所保存・旧観維持の御沙汰が下され、京都府は、直ちに屋敷の撤去、外周石垣土塁工事、道路工事、樹木植栽等の「大内保存事業」を開始しました。

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