11月1日より開催の御苑の秋の伝統行事「皇室ゆかりの新宿御苑 菊花壇展」。
菊花壇展にあわせて、レストランゆりのきの展示室にて、「明治150年企画『菊花へのまなざし~西洋が見た観菊会から文学作品に見る菊へ』展」を開催しています。
新宿御苑の秋の恒例行事となっている「菊花壇展」ですが、その歴史は今から約140年前の明治11年(1878)に催された皇室行事「菊花拝観」がルーツとなります。
本展時では「菊花へのまなざし」をテーマに、明治時代に海外の招待客が鑑賞した観菊会の感想と、幕末から明治に生まれた日本人作家が作品中に記した菊花についてご紹介します。
菊は中国原産の花で、奈良時代末から平安時代初めに日本に渡来したといわれています。その後、室町、江戸時代を経て盛んに品種改良が行われ、日本文化の中で発展を遂げてゆきました。
明治元年(1868)に菊が皇室の紋章と定められ、皇室と菊花が直接的な関係を持つようになります。明治11年に宮内省は皇室を中心として菊を鑑賞するために、赤坂の借皇居〔赤坂離宮〕で初めての『菊花拝観』を開催しました。
明治13年からは「観菊会」と名称が変更になり、昭和4年(1929)からは、新宿御苑が会場となりました。以後、昭和11年まで、戦争、震災、大喪、御大典などの年を除き、毎年催されました。
(写真:海外からの招待客が見た明治の観菊会)
観菊会に招待されたフランスの作家のピエール・ロティ(Pierre Loti)[1850−1923]は、『秋の日本』という自身の短編集の中で、観菊会の様子を感動とともにみずみずしい文体で表現しています。
ロティは明治18年(1885)に鹿鳴館のパーティにも参加しており、そのときの見聞を「江戸の舞踏会」に記しました。
明治25年生まれの小説家・芥川龍之介はロティへの関心が高く、ロティが書いた「江戸の舞踏会」に着想を得て、小説『舞踏会』を執筆したことでも知られており、作品中には菊花も登場します。
会場奥では、幕末から明治に生まれた日本人作家が作品中に表現した菊花をご紹介しています。
さまざまな人々のまなざしで表現された菊花を通して、近代化していく社会の中に育まれた菊と人々の繋がりにふれ、日本を代表する花である菊花に親しんでみてはいかがでしょうか。
(写真:幕末から明治生まれの文豪の作品に登場する菊花)
(写真:芥川龍之介『舞踏会』)
(写真:福羽逸人の功績)
(写真:明治33年(1900)パリ万博に展示した菊の大作り)
新宿御苑はその後、昭和24年(1949)5月21日に国民公園新宿御苑となり、宮内省時代から受け継いだ伝統の菊花を初めて一般公開しました。
現在も新宿御苑の菊花壇は、明治からの長い変わらざる伝統を継承し、菊の栽培はもとより、上屋や独自の植え込み技法など、ほかでは見ることのできない皇室ゆかりの格式ある様式を今日に伝えています。
菊花壇展ご鑑賞の際には、ぜひレストランゆりのきにもお立ち寄りください。
【明治150年企画「菊花へのまなざし」展】
■日時:
2018年10月30日(火)~11月18日(日)(期間中は無休)
9:00~16:00(閉門は16:30)
■会場:
レストランゆりのき(エコハウス)展示室
2018年10月30日 09:00