明日1月15日は「いちごの日」。これは「いい(1)いち(1)ご(5)」の語呂合わせから、全国いちご消費拡大協議会により制定された記念日です。
12月から5月はとくにイチゴが多く出回る旬の時期なので、店先などでも目にする機会が多いのではないでしょうか。
イチゴは生で食べるのが定番ですが、ソースやジャム、ジュースの材料や、アイスクリームやケーキ、チョコレート、いちご大福、フルーツあんみつなど、和洋さまざまにスイーツに用いられることも多いですね。
(写真:「内藤とうがらしとイチゴのソース添えアイスクリーム」甘さとスパイスのハーモニー♪レストランゆりのき、カフェはなのきでご提供しています)
子どもから大人まで幅広い世代に愛されるイチゴですが、じつは新宿御苑とも深いつながりがあるのは知っていますか?
明治時代の新宿御苑は宮中の御料農場で、野菜や果樹、花卉の栽培研究を進め、民間への普及にも力を入れました。明治31年(1898)には、現在のイチゴのルーツとなる「福羽苺」を作出し、その後、高級品種として全国でも栽培されるようになりました。
今日はそんな新宿御苑とイチゴの歴史にまつわるエピソードをご紹介いたします。

新宿御苑は、徳川家康の家臣・内藤氏の江戸屋敷の一部がそのルーツといわれています。
明治5年(1872)、大蔵省は内藤家の屋敷地跡に「内藤新宿試験場」を開設しました。大蔵大臣の大久保利通がリーダーとなり、新しい国づくりのためには農業の近代化が重要であると、西洋農業技術の研究や、指導者の育成が進められました。
その後、明治12年(1879)に新宿御苑の土地が皇室に献納されると「新宿植物御苑」に改称し、皇室の御料地・農園として運営されました。
(写真:明治44年の旧温室)

明治31年(1898)、新宿御苑の農学博士であった福羽逸人(ふくばはやと)は、フランスの「ゼネラル・シャンジー」というイチゴ品種から国産イチゴ第一号となる「福羽苺」を作出しました。当時の新宿御苑は皇室の御料地だったことから「御料イチゴ」とも呼ばれていました。
(写真:福羽逸人)
ふつうイチゴを半分に切ると中は白色ですが、福羽イチゴは中が真っ赤。実もやや面長な形をしているのが特徴です。「とちおとめ」や「あまおう」「紅ほっぺ」など、現在、日本で食べられている多くのイチゴ品種も親元をたどってゆくと福羽イチゴにつながります。
気になる福羽イチゴのお味ですが、現代のイチゴに比べ、濃厚な甘さと食感が特徴で、まるでイチゴジャムのようなイチゴだそうです。
(写真:福羽イチゴ)※現在、福羽イチゴの展示は行っておりません※
このほか、おなじみトマトやアスパラガス、レタス、オリーブ、マッシュルーム、メロンや、洋ランやカーネーションなどの花々、ユリノキやプラタナスといった樹木など、私たちの毎日の暮らしに欠かせない西洋産の野菜や果物、花や樹木の多くが、日本ではじめて新宿御苑で栽培されました。
新宿御苑内のレストラン、カフェでは、新宿ゆかりの福羽イチゴにちなみ、スイーツメニューなどにイチゴを取り入れています。また、新宿生まれの江戸東京野菜である内藤とうがらしや内藤かぼちゃをはじめ、御苑ゆかりの野菜や果物を使ったさまざまなメニューを提供しています。
(写真:レストランゆりのき)
(写真:「里帰り御膳」期間限定でミニデザートにイチゴが付きます♪)
(写真:「里帰りシカ肉カレーセット」期間限定でミニデザートにイチゴが付きます♪)

(写真:「江戸東京野菜のスイーツセット」特製ストロベリーソースを添えています)

(写真:「ローズガーデンセット」特製ストロベリーソースを添えています)
【ご利用案内】
■レストランゆりのき(園内/新宿門より徒歩3分)
■カフェはなのき(インフォメーションセンター/園外の無料区域)
利用時間/9:00~16:00(ラストオーダー)
定休日/新宿御苑休園日
また、レストランゆりのき館内にある展示室では、特別企画「『大饗紀事』よりひもとく大膳頭・福羽逸人と大正天皇即位礼饗宴」を開催中です。
会場では、福羽逸人が大正4年に記した『大饗紀事』から行事に関する史実を解明するともに、皇室御料地である新宿御苑における宮中とのつながりや、部下であった天皇の料理番・秋山徳蔵のエピソードなどをご紹介します。
会場奥では、秋山徳蔵の著書『味』や『舌』に記された福羽逸人とのエピソードを書籍とともに展示しています。秋山が「果物の大恩人」と記した福羽逸人と、福羽イチゴ誕生にまつわるエピソードもご紹介しております。
ご来園の際には、ぜひレストランゆりのきにもご来場ください。
2018年1月14日 11:00