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【書籍紹介】福羽逸人 回顧録

発行物

国民公園協会では新宿御苑の歴史や自然を紹介するさまざまな書籍を発行しています。

『福羽逸人 回顧録』は、明治から大正にかけて新宿御苑の創設に携わった福羽逸人(ふくばはやと[1856-1921])が、自身について記した文献です。
皇室庭園として御苑が完成した明治39年(1906)より百年目となる平成18年(2006)に、新宿御苑100周年記念事業の一環として出版しました。

江戸から明治へと、日本の近代化の時代を生きた福羽逸人。
その名を知る人はあまり多くはないかもしれませんが、日本における近代農園芸の発展は、福羽逸人なくしては成しえなかったともいえます。

福羽逸人は安政3年(1856)に石見国(現在の島根県津和野)に生まれ、明治8年(1875)に津田仙が創設した学農社で近代西洋農業を学び、明治10年に内藤新宿試験場(のちの新宿御苑)の実習生となりました。
明治12年の皇室園芸場「新宿植物御苑」の発足とともに職員となり、退官するまでの40年近くを御苑とともに歩みました。その間、明治40年(1907)に爵位を、大正8年(1919)には農学博士の称号を受けました。

福羽が手がけた代表的な事業のひとつが、日本初となる国産イチゴ「福羽苺」の作出でした。面長な形が特徴で、「とちおとめ」「あまおう」「女峰」「とよのか」など、現在、流通している多くのイチゴ品種のルーツとなっています。
また、福羽はフランスやドイツに留学し、ブドウ栽培や造園学、作庭技術等を学ぶとともに、新宿御苑の分園として、播州葡萄園と、神戸オリーブ園を創設し、ワインとオリーブオイル作りを行いました。

福羽の功績のひとつに日本初となる西洋式パレスガーデンの完成があります。
皇室庭園を欧州各国で目の当たりにした福羽は、帰国後その重要性を熱心に説き、明治39年(1906)に新宿御苑を日本ではじめての西洋式庭園として完成させました。
当時より園内に桜が70種ほどあり、大正時代からは観桜会も開かれました。現在も桜の名所として受け継がれています。
(↑写真:福羽が新宿御苑の庭園改造を依頼したフランス人造園家アンリ・マルチネが描いた鳥瞰図)

このほか、日本初となる無加温室でのブドウやメロンの栽培、明治33年(1900)のパリ万博への菊の大作りの出品など、農業、園芸、林業、造園と多岐の分野に渡り、数多くの功績を残しました。
現在、食卓に並ぶトマトやキュウリ、アスパラガスなどの西洋野菜やアンスリュームやカラジューム、ポインセチアなどの植物は、福羽逸人が、当時から品種改良や交配など、熱心に研究していたものです。
(写真:明治33年(1900)パリ万博に展示した菊の大作り)

福羽は、日本が園芸を発展させることが国を豊かにすると、たいへん早い段階から考えていました。
そのために、西洋の進んだ技術を取り入れようと、何度も海外留学を行い、そのたびに新しい技術や様式を持ち帰り、園芸発展に活かしてきました。
本書には、福羽がさまざまな困難を乗り越えながら、日本の未来に向かって進む姿が記されています。

『回顧録』には当時の貴重な写真も多数掲載され、新宿御苑や日本の農園芸の歴史をひもとく書籍として、また、福羽逸人という人物を知る読み物としても充実した一冊となっています。
ぜひ手に取ってご覧ください。

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■新宿歴史博物館で所蔵資料展「新宿はなざかり」関連講演会~『福羽逸人回顧録』からひもとく新宿御苑の花の歴史
花でもてなす場としての皇室庭園を作り上げ、新宿御苑の礎を築いた人物として知られる福羽逸人(ふくばはやと)。現在、園内で見ることができる桜や菊、洋ランも福羽により受け継がれたものです。
本後援会では、彼の回顧録に記された御苑の花々の歴史を振り返りながら、その魅力について紹介します。
【日 時】令和3年3月7日(日) 14:00~15:30(13:30開場)
【会 場】新宿歴史博物館 2階講堂
【講 師】本荘暁子(一般財団法人国民公園協会 新宿御苑)
>>申し込み方法など詳しくは新宿歴史博物館ホームページをご覧ください。

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