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菊花壇展へようこそ

菊花壇展

11月1日~15日開催(期間中無休)

新宿御苑の菊花壇展は、池や水の流れに沿って散策する池泉回遊式の日本庭園内に、木や竹の素材をいかした上家(うわや)といわれる建物を7棟設け、特色あふれる菊の花々を、皇室ゆかりの伝統の様式で飾りつけます。
中央休憩所横から日本庭園にお入りになって、それぞれの花壇を順路に沿ってご覧いただくと、もっとも美しく鑑賞できるようにデザインされています。

【懸崖作り花壇】

野菊が断崖の岩間から垂れ下がって咲いている姿を模して、1本の小菊を大きな株に仕立てる技法です。
新宿御苑では、一重咲きの小菊のなかでも特に分枝性の旺盛なものを選び、1年かけて植替えや支柱立てを繰り返し、伸長した枝を舟形に結び、摘心によって仕立てていきます。

古木の台座には、大小24個の鉢が配色よく並びます。新宿御苑の菊花壇展の配色は「黄」「白」「紅」を基調としますが、「懸崖作り花壇」では同じ色がとなり合わせに重ならないように並べます。足元には枯れた松葉が敷き詰められ、石組みなども工夫をこらした野趣あふれる花壇です。

【伊勢菊、丁子菊、嵯峨菊花壇】

木の素材を活かしたよしず張りの上家に、古来から栽培されている特色豊かな3種の菊が配色よく植えこまれた花壇です。1株を6輪に枝分けする「一六作り」の技法で仕立てたものを植え込んでいます。新宿御苑では昭和30年ごろから栽培が開始されました。

伊勢菊は、伊勢地方(現在の三重県松坂)などで発達した菊です。
花びらが平たく、咲きはじめは縮れています。開花するにしたがって花びらが伸び、垂れ下がって満開となります。古来は、座敷に正座して鑑賞する習わしがあったそうです。

丁子菊は、おもに関西地方で作られていた菊です。江戸時代に盛んに栽培されていた菊の一品種です。
花の中心の筒状の花びらが、香料の丁子(クローブ)の花に似ていることからこの名前が付いたそうです。花の中央部が盛り上がって咲くので、外国では『アネモネ咲き』とも呼ばれ人気があります。

嵯峨菊は、京都の嵯峨地方で発達した菊です。
平安時代に嵯峨天皇がこよなく愛された菊として、嵯峨御所(現在の大覚寺)に植えられたのがはじまりとされる、日本で最も古い歴史を持った古典菊です。寺社の回廊から立って見下ろしたときに美しく見える菊で、花びらがパラパラと開き、針のように細長い花びらがまっすぐ上に立ちあがって満開になります。

【大作り花壇】

大作り花壇は、木の素材を生かした障子屋根とよしず張りの上家に、大作りという技法で仕立てた菊を陳列した花壇です。大作りとは一株の菊を半円形に仕立てて、数百輪もの花を咲かせる技法のことです。これは新宿御苑独自の技術で、全国各地の菊花壇展で見られる千輪作りの先駆けにもなりました。

菊花壇の中でもっとも優れている花壇ということから「白眉」とも呼ばれています。
一株から500輪以上もの花を咲かせ、多くのお客さまから注目されています。

【江戸菊花壇】

江戸菊の栽培は、元禄の頃にはじまり、庶民の間で盛んに栽培され発達した古典菊で、新宿御苑でも、明治11(1878)年から作られ、もっとも古い歴史があります。
「中菊」、「正菊」ともよばれ、花が咲きはじめから終わりまで約30日かかり、その間に花びらが様々に変化することから、「狂菊」、「芸菊」、「舞菊」という別名もあります。花が咲いたあと、花びらが中心に向かって折れたりねじれたりする変化こそが江戸菊の鑑賞のポイントとなります。種類によって花びらの変化は異なり、それぞれに「追抱(おいがかえ)」、「褄折抱(つまおれがかえ)」、「丸抱(まるがかえ)」、「乱れ抱(みだれがかえ)」、「自然抱(しぜんがかえ)」、「露心抱(ろしんがかえ)」、「管抱(くだがかえ)」という7通りの名前がつけられています。


黄、白、紅の花を配色よく29株、3列に植え込まれた色彩豊かな花壇は、篠作りという技法で仕立てられ、4~5株を植えた鉢から27本の枝を伸ばして支柱を立て、1枝1輪の花を咲かせます。

【一文字菊、管物菊花壇】


一文字菊、管物菊花壇は、一文字菊13品97株、管物菊13品97株を黄・白・紅の花色の順番に、1列1品種づつ、計22列に一本仕立てで植え込みます。この配列は新宿御苑独自の様式で、神馬の手綱を模していることから「手綱植え」と呼ばれています。

管物菊は、細長い管状の花びらが放射状に咲くのが特徴の大輪咲き品種で、別名「糸菊」、「細菊」とも呼ばれます。
蜘蛛が足を広げたような様子から、海外ではスパイダー(Spider)とも呼ばれています。花壇に植え込まれた管物菊は、新宿御苑で作出した品種のなかで、とくに花びらが細く雄大な花姿をもつ細管物菊を展示しています。

【肥後菊花壇】

青竹とよしずの素材をいかした上家は、日本の伝統的な職人技が随所に感じられます。
また、肥後菊が植えこまれた土間は、黒土の上に苔で化粧をほどこしてあり、風雅な趣が印象的な花壇となっています。

肥後菊は、江戸時代の肥後(熊本県)藩主の細川重賢(ほそかわしげかた)公の園芸奨励によって栽培が始められ、発達した古典菊です。肥後菊の栽培は藩士の精神修養と位置付けられ、清廉なこの菊を例に武士道の意義を説いたといわれています。
肥後藩士の秀島英露がまとめた『養菊指南車(ようぎくしなんぐるま)(文政2年(1819))』という指南書には、季節に応じた手入れ方法や苗の配置などが記されており、栽培方法や飾り方に独特の様式があるのが特徴です。
かつては藩外への流出が固く禁じられ、長いあいだ門外不出の秘花とされていました。戦後は肥後椿、肥後山茶花、肥後花菖蒲、肥後朝顔、肥後芍薬とともに「肥後六花」のひとつに数えられています。
花は一重咲き。1株で四季を表現しており、花は「春」、葉は「夏」、下草は「秋」、茎は「冬」と1本で色々な季節をお楽しみいただける菊です。

平たい花びらの「陽の木」と、管状の花びらの「陰の木」の異なる2つの品種を仕立て、黄、白、紅と配色よく、前・中・後の3列それぞれに、低・中・高と高さをつけて植えこんでいます。

【大菊花壇】

菊の代表的な品種の大菊の特徴は、花びらが花の中央を包み込むように丸く咲くことです。
黄・白・紅の花を、神馬の手綱を表わした「手綱植え」と呼ばれる新宿御苑独自の様式で、1列1品種づつ、計39品種311株が植え込まれています。一本一本の花の美しさや、新宿御苑独自に配列された花の整形美、色彩の変化、調和する上家などの総合美を鑑賞するものとされています。

新宿御苑の菊は、明治37年(1904)より皇室行事「観菊会」の展示品種の栽培を開始し、昭和4年より会場となった歴史があります。大正から昭和にかけては、パレスガーデンとして広く世界に知られるようになりました。
菊花壇の設えには、厳格な決まりがあり、栽培や花壇の植え込みにも高度な技術が求められます。御苑では専門の職員が年間を通して作業を行い、毎年菊花壇展を開催しています。晩秋の新宿御苑を彩る菊花壇展。
日本の伝統の様式を守りつづける菊の花々をお楽しみください。

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