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新宿高校の総合学習の時間において講師協力を行いました

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9月23日(水)、都立新宿高校の総合学習の時間において講師協力を行いました。
学習テーマは「探求」。広い体育館に1年生320人のみなさんが集まり、新宿地域の歴史や文化について学びました。

まずはじめに、内藤とうがらしプロジェクトリーダーの成田重行氏が、新宿ゆかりの江戸東京野菜である内藤とうがらしの歴史や活動について紹介しました。

新宿高校と新宿御苑の住所は「東京都 新宿区 内藤町」といいます。
この内藤町という地名のルーツになったのが、徳川家康の家臣であった大名 内藤家。江戸時代の新宿御苑は内藤家の下屋敷でした。
敷地内の菜園ではさまざまな野菜が栽培され、その中には唐辛子(とうがらし)もありました。
その後、手軽に食べられることから江戸の街でお蕎麦が人気になると、添える薬味として内藤新宿のとうがらしが大変な評判となりました。
やがて、新宿一帯の農家でも栽培されるようになり、秋のみのりの季節には新宿から大久保にかけて真っ赤なじゅうたんを敷き詰めたような光景が広がったそうです。

江戸の都市化にともない、いったんは栽培が途絶えてしまいましたが、平成20年(2008)に発足した内藤とうがらしプロジェクトにより、本格的な復活の取り組みが始まりました。
現在は新宿区内の学校や公共施設、商店街などで地元新宿の取り組みの輪が広がっています。
新宿区の学校では種子からの栽培や研究学習、育てた野菜の調理等を通して、自分達の地域の歴史を学び、江戸の人々の食文化にふれる食育教材として活用しています。
また、JR新宿駅の記念スタンプに採用され、新宿を代表するブランド野菜として愛着をもって育まれています。

日本では薬味というイメージの強いとうがらし。
家庭の食卓でも脇役になりがちで、研究や論文、レシピのバリエーションなどもまだまだ多くありません。
成田さんは「とうがらしは未知の部分が多いからこそ面白い。学生のみなさんと協力して『探求』を深め、新宿地域をますます盛り上げていきたい」と語りました。
内藤とうがらしプロジェクト公式ホームページはこちら

続いて、国民公園協会新宿御苑 広報企画担当の本荘暁子が「新宿御苑と新宿高校~歴史・自然・文化」をテーマに歴史とこれまでの活動について紹介しました。
新宿御苑には大きく分けて4つの時代がありました。
江戸の内藤家の下屋敷に始まり、明治の農事試験場、皇室庭園を経て、現在の国民公園となりました。

明治5年(1872)、大蔵大臣の大久保利通がリーダーとなり、内藤家の屋敷地跡に「内藤新宿試験場」を開設しました。
新しい国づくりのためには農業の近代化が重要であると考え、外国産の野菜や果物、樹木、花卉の収集・栽培や、養蚕、牧畜など近代農業の研究や、「内藤新宿農事修学所」という学校が開校し、指導者の育成も行われました。

当時の日本には海外からの賓客を招く西洋式庭園がなく、新宿御苑を西洋の本流に近い『ガーデン』として、おもてなしの場にしようという機運が高まります。
明治39年(1906年)にはフランス人の造園家であるアンリ・マルチネのデザインによる皇室庭園が完成し、大正・昭和の時代にかけて国際親善のための観桜会、観菊会などが開催されました。
戦時中は園内を開墾して作物を育てるなどの救荒対策がされました。
その後、昭和24年(1949)に国民公園として一般公開され、現在は日本の大都市・東京を代表する庭園として親しまれています。

次に、新宿高校の園内での取り組みについて紹介しました。
新宿御苑における新宿高校のみなさんの活動はこれまで10年以上にも渡って続いており、昨年2019年は秋の甚大な台風被害の復旧作業においてもご協力をいただきました。
また、新宿地域の魅力発信の一環として、新宿髙島屋のイベント協力内藤とうがらしの普及活動を行いました。

最後に本荘より「これから秋も深まりますが、11月は菊花壇展、紅葉、洋らん展など新宿御苑を代表する催しも多くあり、ぜひ新宿高校のみなさんと一緒に盛り上げていければと思います」と話がありました。
新宿高校の生徒のみなさん、本日はありがとうございました。

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