2017年食育講座「新宿御苑STUDY&CAFE」を開催しました

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 本日6月24日(土)、NPO江戸東京野菜コンシェルジュ協会と国民公園協会新宿御苑の主催により「新宿御苑STUDY&CAFE『内藤新宿試験場と福羽逸人~現代に受け継がれる知られざる新宿御苑の歴史~』」を開催しました。
 江戸東京野菜ともかかわりの深い新宿御苑を会場に、江戸東京野菜をめぐるさまざまな動きをお伝えする講座で、21名の方にご参加いただきました。
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 講座では、新宿御苑における農園芸と皇室庭園の歴史についての講演会と、皇室庭園時代の宮中晩餐会のメニューを、江戸東京野菜や御苑ゆかりの食材をもちいてご紹介しました。
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 まずはじめに国民公園協会新宿御苑 広報企画担当の本荘暁子が「内藤新宿試験場と福羽逸人~現代に受け継がれる知られざる新宿御苑の歴史~」をテーマに講演を行い、当時の貴重な書籍や資料、新聞記事を紐解きながら、新宿御苑の歴史を振り返りました。
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 江戸東京野菜とは、季節限定で旬があり、自家受粉で種を採ることができる固定種の野菜です。味や形など個性豊かで、それぞれに物語があり、東京の伝統野菜として注目を集めています。
 江戸東京野菜の内藤トウガラシと内藤カボチャは、新宿御苑が徳川家康の家臣の内藤家の下屋敷だった江戸時代に、敷地内の菜園で栽培された歴史があります。江戸のおそばブームとともに薬味として人気が高まると、最盛期には新宿から大久保にかけての一帯が真っ赤に染まるほど広く栽培されたそうです。
 
 その後、明治5年(1872)に入ると、内藤家の屋敷地跡に、国内外の農園芸の研究を行う国営の農業機関「内藤新宿農事試験場」が開設されました。
 内藤新宿試験場では、西欧から近代農業技術を取り入れ、海外産の野菜や果物、樹木、花卉の収集・栽培や、ジャムやピクルス、缶詰などの保存・加工、養蚕、牧畜など近代農業の研究、人材育成、民間への普及などが幅広く行われていました。
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 明治17年(1884)発行の『舶来果樹要覧』にはオランダイチゴやブドウ、リンゴ、モモ、クルミなどの海外産の果実類、明治18年発行の『舶来穀菜要覧』にはトウモロコシやキャベツ、ダイコン、ナス、トウガラシなどの穀物や野菜類が、イラストとともに、海外でどのように食べられているか解説されています。
(写真:『舶来果樹要覧』よりオランダイチゴの解説)
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 明治12年(1879)に内藤新宿試験場は「新宿植物御苑」に改称し、皇室の御料地・農園として運営されました。その後の明治39年には皇室庭園が完成しますが、このとき中心的な役割を担っていたのが、近代園芸の祖といわれる福羽逸人です。
 福羽逸人は安政3年(1856)に石見国(現在の島根県津和野)に生まれ、明治5年(1872)、16歳の時に内藤新宿試験場の実習生となりました。その後、明治11年からの農事修学場の勤務を経て、明治31年には新宿御苑の総責任者にまでのぼりつめました。
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 福羽が最初に手がけた事業が、明治12年(1879)の兵庫県神戸の「神戸阿利襪園(オリーブ園)」、翌13年の稲美町の「播州葡萄園」という分園の開設でした。福羽は園長を務め、オリーブ栽培と搾油、ブドウ栽培とワイン醸造が行われました。
 その後、政府の財政難によりどちらも廃園となりましたが、近年の遺構の発見を皮切りに、日本近代化の重要な産業遺産としての登録や、地元ボランティアによる普及啓発の取り組みが行われています。
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 また、福羽が御苑で手がけた代表的な事業のひとつが、日本初の国産イチゴ「フクバイチゴ」の作出です。フクバイチゴは実が赤く、やや面長な形をしているのが特徴です。「とちおとめ」や「あまおう」など、いま日本で食べられている多くのイチゴもルーツをたどってゆくと福羽イチゴにつながります。
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 このほか、無加温室でのブドウやメロンの栽培や明治33年(1900)のパリ万博への菊の大作りの出品、パレスガーデンとしての新宿御苑の大改造など、数多くの功績を残しました。当時の話題は新聞記事でもたびたび紹介されました。
(写真:新宿御苑で栽培した果物献上)
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(写真:明治39年に日本初の皇室庭園「新宿御苑」が完成。日露戦争祝賀会を兼ねた開園式が催されました)
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 福羽逸人は新宿御苑の総責任者を務めたあと、大正3年(1914)に58歳で大膳頭(だいぜんのかみ)に任命され、大正天皇の即位礼「大饗」の統括指揮を任されました。自ら栽培研究を行った経験や、国内外の食材への深い知見もあることからの大抜擢でした。
 ここで福羽は国産食材のみを用いたメニュー作りにこだわり、日本各地より優れた食材を集めて、大饗のメニューに取り入れたそうです。
 
 大正12年の関東大震災から昭和時代中期にかけては、災害や戦争による暗い時代が訪れます。昭和20年(1945)の東京大空襲では、園内は一部建物を除きほぼ全焼という被害を受け、当時の資料もほとんどが焼失してしまいました。その後、終戦と昭和22年の閣議決定を経て、昭和24年(1949)に新宿御苑は国民公園として一般公開され、今日の庭園の姿があります。
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 新宿御苑が完成してからまもなく100年をむかえようかという平成16年(2004)、新宿御苑の職員と福羽逸人のご親族の方との出会いをきっかけに、福羽逸人が執筆した『回顧録』が偶然発見され、これまで知られていなかった新宿御苑の100年に渡る歴史が解明されました。
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 回顧録を通して判明した人と人、人と場所といったつながりもまだまだこれからの広がりが期待されています。これまでの新宿御苑の歴史には福羽逸人をはじめ、多くの人々思いと努力がありましたが、私たちもこの思いを受け継いで未来へ渡してゆくことが大切だと実感します、と締めくくられました。
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 続いてレストランに移動して、大正時代の宮中晩さん会をモチーフにしたメニューを召し上がっていただきました。
 伊藤秀雄総料理長が江戸東京野菜と御苑ゆかりの食材をふんだんに使用し、季節感やアレンジを加えたオリジナルメニューをご紹介しました。
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(写真:江戸東京野菜の寒天寄せ、自家製スモークサーモン)
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(写真:馬込半白胡瓜の冷製スープ)
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(写真:秋川牛肉の焙り焼き和風ソース 奥多摩わさび添え、江戸東京野菜のグリル)
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(写真:トマトカップ 内藤とうがらしソーセージ)
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(写真:江戸東京野菜のピクルス)
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(写真:本日のデザート)
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 江戸東京野菜からは旬の馬込半白胡瓜、新宿ゆかりの内藤とうがらしを中心に、奥多摩ワサビ、寺島ナス、亀戸ダイコンなどが登場しました。東京産の秋川牛、御苑ゆかりの西洋野菜のトマトやハーブが華やかな彩りを添えます。
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(写真:本日のカフェ料理「馬込半白胡瓜と内藤とうがらし特選料理」)
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 伊藤料理長から「大正時代の宮中晩さん会のメニューを参考し、東京産を中心に日本の食材を使ってアレンジをしました。御苑は何といっても西洋野菜や果物の発祥の地。何気なく使われているものでもすべて御苑ゆかりの食材です」との解説がありました。
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 参加者の方からは「美味しい」「レシピを知りたい」といった声のほか「歴史を勉強しながら味わうことで、より食材の深みを感じました。美味しさとともに、前の世代の人々の知恵や工夫にもふれ、いっそう特別なお料理だなと思いました」という感想をいただきました。
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 最後に、NPO江戸東京野菜コンシェルジュ協会会長の大竹道茂氏が、今日の料理に登場した江戸東京野菜を紹介しました。
 今回のメニューの中心となった馬込半白胡瓜は収穫期が短いため、主役に据えたメニューになることが大変めずらしいとのことでした。
 馬込半白胡瓜は栽培農家の方にお願いし、今日のために1ヵ月前から準備をすすめていたものです。メニュー作りを行った伊藤料理長からは、農家の方に感謝し、シェフとして大切に料理しようと思いました、との話がありました。
 
 新宿御苑では日頃より、レストランゆりのき、カフェはなのきにて、江戸東京野菜と東京産野菜を使用した地産地消メニューをご紹介しております。ご来園の際には、ぜひ東京ならではの味わいをお楽しみください。

2017年6月24日 15:00

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