2016年 第2回「はじめての江戸東京野菜講座」を開催しました

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 6月25日(土)、NPO江戸東京野菜コンシェルジュ協会と国民公園協会新宿御苑の主催により「はじめての江戸東京野菜講座~江戸東京野菜には物語があります~」を開催しました。
 江戸東京野菜ともかかわりの深い新宿御苑を会場に、江戸東京野菜をめぐるさまざまな動きをお伝えする講座です。
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 今回も本講座開始前に、国民公園協会の本荘が希望者を対象に、新宿御苑の四季のみどころや歴史をご紹介するガイドツアーを開催しました。
 (写真:イギリス風景式庭園)
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 新宿御苑のはじまりは今から400年以上も前の江戸時代のこと。天正18年(1590)に豊臣秀吉から関八州を与えられた徳川家康が江戸城に入城した際、譜代の家臣であった内藤清成に授けた江戸屋敷がルーツといわれています。
 内藤家の屋敷地の菜園では、江戸東京野菜の内藤とうがらし、内藤かぼちゃが栽培されていました。
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(写真:新宿区の花園神社にある内藤とうがらし、内藤カボチャの解説看板)
 
 明治5年(1872)には、近代農業の技術改良と試験栽培を総合的に行う内藤新宿試験場となり、西欧から近代農業技術を取り入れ、外国産の野菜や果物、樹木、花卉の収集・栽培や、養蚕、牧畜など近代農業の研究が幅広く行われていました。
 その後、内藤新宿試験場は、農学校、皇室御料地、皇室庭園へと発展しました。
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(写真:講座で紹介された新宿御苑の航空写真)
 
 新宿御苑の庭園が誕生したのは、今からちょうど100年前の明治39年(1906)のこと。
 新宿御苑の総指揮者だった福羽逸人は、明治33年(1900)のパリの万国博覧会で、ヴェルサイユ園芸学校の造園教授アンリ・マルチネー(Henri Martine、1867~1936)に御苑を庭園に改造する計画を依頼しました。
 その後、5ヵ年の改装計画事業を経て、明治39年に庭園が完成しました。
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 バラが咲くフランス式整形庭園を背にして、イギリス風景式庭園を眺めると、御苑の庭園の南東から北西まで一直線に見通すことができます。これはビスタライン(見通し線)といって、庭園の奥行きをより深く見せる工夫です。
(写真:イギリス風景式庭園)
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(写真:フランス式整形庭園)
 
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 ビスタラインの中央に堂々とたたずむのが、新宿御苑のシンボルツリー・高さ30メートルを超えるユリノキです。遠目には1本の巨樹のように見えますが、近づいてみると3本のユリノキがひとつの樹形を作るように育っていることが分かります。
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 ユリノキをはじめ、プラタナスやタイサンボク、ラクウショウ、ヒマラヤシーダーなど園内各所にある外国産樹種は、その多くが明治の農事試験場時代に植えられたもので、樹齢は120年以上になります。見上げるほどの巨樹に育った姿は、新宿御苑が歩んできた長い歴史を、現代に生きる私たちに伝えてくれます。
 
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 本講座では、NPO江戸東京野菜コンシェルジュ協会会長の大竹道茂氏より「江戸東京野菜には物語がある」をテーマに講演が行われました。
 まずはじめに最近の話題として、神奈川における伝統野菜「三浦大根」「波多野大根」「鎌倉大根」「ハマダイコン」復活の取り組みについて紹介しました。
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 江戸東京野菜は名前のとおり、江戸(東京)ではぐくまれた野菜ですが、日本各地にはそれぞれの地域に根付いた野菜と、野菜にまつわる歴史や食文化があります。
 江戸東京野菜によって地域おこしをしている東京の事例を参考に、各地でも地元の魅力を見直そうという取り組みが広まっています。
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 江戸東京野菜には、
 ①季節限定で旬があること
 ②自家受粉で種を採ることができる固定種であること
 ③江戸から昭和の各時代に江戸(東京)で暮らす人々の食生活を支え、食文化をはぐくんだ野菜であること
 と、おもに3つの魅力があり、2016年6月現在で42品目が登録されています。
 
 ひとつひとつの野菜には、野菜が生まれはぐくまれた地域に根差した物語があり、昔の人々の食文化や暮らしぶりを垣間見ることができます。
 今回は数ある江戸東京野菜のなかから「ダイコン」にスポットをあててご紹介しました。
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 江戸東京野菜にはさまざまな種類の野菜が登録されていますが、もっとも登録種数が多いのがダイコンというのはご存知でしょうか?
 
 練馬ダイコンをはじめ、亀戸ダイコン、伝統大蔵ダイコン、高倉ダイコン、東光寺ダイコン、志村みの早生ダイコン、汐入ダイコン(二年子ダイコン・時無しダイコン)の7種類が登録されています。
 
 どのダイコンにも地域の歴史と結びついた物語があり、写真の練馬ダイコンは、五代将軍の徳川綱吉が下練馬の屋敷で療養中に、尾張からダイコンの種を取り寄せて、栽培を命じたことがきっかけで誕生しました。
 
 なぜ江戸東京野菜には、たくさんのダイコンがあるのでしょうか?
 じつはダイコンがよく育つ秘密は「土」にありました。
 東京の土壌は火山灰の多い関東ローム層のため、ダイコンやゴボウ、ニンジンなど、根っこが育つ野菜の栽培に適していたのです。
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 関東ローム層の土壌は「長いものがよく出来る」といわれるほど。
 下練馬ではじまった練馬ダイコンの栽培も、土がとても合い、最大1メートルになるほどよく育ちました。
 その後、練馬ダイコンは漬物用のダイコンとして大変な評判となり、享保年間(1716~1736)には広くその名が知られていたそうです。
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 今ではダイコンといえば青首ダイコンというイメージがありますが、昭和のはじめ頃までは、すらっとしたものやずん胴なものなど、さまざまな形、大きさのダイコンがありました。
 味や肉質もさまざまな個性ゆたかなダイコンたちは、おでんや沢庵といった料理のレシピに応じて、使い分けられていたそうです。
 
 その後、江戸東京野菜は東京の都市化等にともない一旦は姿を消してしまいましたが、平成元年(1989)の江戸東京野菜のタネを残す活動のはじまりをきっかけに、徐々に復活を果たしてゆきました。
 
 都内各地の小中学校では学習の一環として地元の江戸東京野菜の栽培の取り組みが行われており、食べるだけでなく、地域の食文化にふれる食育教材としても活用されています。
 
 また、現在は国内のみならず、2019年のラグビーワールドカップや2020年の東京オリンピック・パラリンピックなど、海外に向けて東京の食文化を発信する機運も高まっており、東京が誇る伝統食材としてのPRが積極的に行われています。
 
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 続いてレストランへ移動し、NPO江戸東京野菜コンシェルジュ協会理事で野菜ソムリエの上原恭子氏より「食材としての江戸東京野菜」をテーマに、レシピの紹介と試食会が行われました。
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(写真:寺島ナスと水ナス)
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 今回ご紹介するのは旬の「寺島ナス」と「三河島枝豆」です。
 寺島ナスと一般的な水ナスの食べ比べと、寺島ナスのキャビア風、寺島ナスのバジル味噌、煮三河島枝豆の計3品のメニューを試食しました。
 参加者の方からは「寺島ナスの方が肉厚で味がしっかりしていますね」「三河島枝豆は豆の味が濃いです」といった声が聞かれました。
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 最後にレストランゆりのきの伊藤シェフが、馬込半白キュウリを使ったピクルスをご紹介しました。
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 新宿御苑では普段より、レストランゆりのき、カフェはなのきにて、江戸東京野菜や東京産の食材を使用した地産地消メニューをご紹介しております。
 ご来園の際には、ぜひお立ち寄りください。
 

2016年6月26日 09:00

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