最新情報:京都御苑の見どころ

京都御苑の見どころ 2018年11月12日 16:58

色づく秋

20181110I 73.jpg
20181110I 95.jpg
 11月も半ばとなり、「御苑の紅葉の状況はどうですか?」というお問い合わせを頂く機会が増えてきました。現在は黄葉した木々が美しく、あちらこちらで目に留まります。
 蛤御門の東、清水谷家の椋が色づき見ごろです。東方向には遠く大文字山(如意ヶ岳)を望め、このアングルから写真を撮られる方も多くいらっしゃいます。1864年(元治元年)の禁門の変で、長州藩遊撃隊の総督だった木島又兵衛がこの木の近くで討死したとも伝えられています。
 乾御門東、一條邸跡のオオイチョウも色づいてきましたが、9月の台風で多くの枝が折れた影響で樹形が変わってしまいました。しかし幹が折れたり倒れずに済んだ事は、不幸中の幸いと言えるでしょう。
20181108 18.jpg
20181112I 17.jpg
 苑内に数多くあるエノキも黄葉のピークです。閑院宮邸跡庭園や車寄の南にある大木も、色づいた葉を毎日大量に風に散らしています。
 そして建物内、「床に映るモミジ」が楽しめる小部屋がありますが、モミジはまだ色づいていません。替わりに現在は、「床に映るエノキ」の黄葉を美しくご覧いただけます。紅葉とはまた違った黄葉の風情もお楽しみ下さい。
20181110I 149.jpg
 モミジの色づき具合は場所により異なりますが、部分的に紅葉し、緑から黄、紅色へと変化する美しいグラデーションを多くご覧頂けます。是非足繁くお越しになって、日々変化する風景をご堪能ください。


 

 

 

京都御苑の見どころ 2018年10月28日 14:42

明治維新150年記念 中山邸跡

20181024u 13.JPG
朝夕が少し冷えて季節の歩みが分かりやすい時季になりました。
京都御所の東北、猿ヶ辻の北側にある中山邸跡の黒い塀にクロガネモチの赤い実が映えています。
中山邸は、幕末期の公家、権大納言中山忠能の邸宅跡です。
嘉永5年9月22日(1852年11月3日)、孝明天皇の第2皇子として明治天皇(幼名:祐宮)が誕生しました。母は、権典侍中山慶子(中山忠能の娘)で、敷地には、その産屋が残っており、塀越しに見ることができます。
祐宮は中山邸で4年間養育されたと言われています。また、祐宮2才の夏干天で井戸が枯れたため新たに掘られた井戸はその名に因んで祐井と名づけられたといいます。
祐宮誕生の1852年に、オランダ商館長クルチウスが翌年のアメリカ使節の来航を幕府に伝えていましたが、1853年ペリーの浦賀来航が事実となりました。
明治天皇の誕生は、幕末の混乱期の始まりと重なり合うようです。
孝明天皇の急死により明治天皇は慶応3年(1867)16歳で践祚、同年12月の王政復古により新政府が樹立され、1868年に明治改元がなされました。明治2年(1869)に東京遷都。
明治10年(1877)孝明天皇十年式年祭のため京都に還幸されたおり、懐かしい御所周辺の変わり様を哀しまれ御所保存・旧観維持の御沙汰が下されました。京都御苑の現在に至る基礎が築かれていく始まりです。

京都御苑の見どころ 2018年10月26日 14:02

移りゆく季節

20181018I 30.JPG20181023I 31.JPG
 2年ぶりの開催となった時代祭が無事終了し、苑内は日常の空気に戻りました。台風21号がもたらした爪痕が所々に残りますが、御苑の秋も少しずつ深まっています。
 御苑南西部、出水の小川の東エリアではジュウガツザクラが咲き始めました。秋の空色に映える可憐な花は、春に咲くサクラとは違った趣があります。花期が長く、10月から3月頃まで断続的に咲き続けます。
 御苑北西部、児童公園休憩所北ではツワブキが見ごろです。花が少ないこの時季、昆虫が吸蜜のため集まって来ます。中でも常連のキチョウは黄色い花弁に溶け込み、ふと飛び立つ瞬間にしばしば驚かされます。
(写真上:出水の小川東のジュウガツザクラ、下:児童公園のツワブキ、吸蜜
 するキチョウ[左]とホバリングするホソヒラタアブ[右])
20181021I 50.JPG20181023I 24.JPG
 御苑北東部、中山邸跡のクロガネモチの実が赤く色づきました。樹高が10m以上ある高木です。名前の一部「ガネモチ」が「金持ち」に通じる事から、京都の旧家では金運向上の縁起の良い木としてよく庭に植えられています。
20181023I 44.JPG20181023I 42.JPG
 児童公園休憩所東では同じく縁起物として知られるセンリョウの実が一部、色づき始めました。未熟な実がまだ大半ですが、お子様の目の高さですので
遊びにいらした際にはご一緒に熟す様子を観察されてはいかがでしょうか。

20181023I 60.JPG
 紅葉も少しずつ始まっています。現在はサクラ類の葉が色づいてきました。
(写真:出水の小川エリア、御衣黄[緑色の花を咲かせるサトザクラの一種]
 の紅葉)

 秋晴れの心地よい日には是非、日々変化する季節を楽しみにご散策ください。


 

 


 


 

 

京都御苑の見どころ 2018年9月29日 15:38

明治維新150年記念 八月十八日の政変

堺町御門.JPG
京都御苑の南面中央に位置する堺町御門は、御苑の正門で5月の葵祭や10月の時代祭の行列がこの門から出立します。
文久3年8月18日、この門前で『8月18日の政変』と呼ばれる事件が起きました。

­=政変以前の政情=
200年余り鎖国を続けてきた江戸幕府は、1853年ペリーの浦賀来航により「日米和親条約」を結び、さらに1858年、天皇の許可を得ないままに「日米修好通商条約」を締結し、外国からの圧力に対抗して広がる尊皇攘夷思想を弾圧した。
しかし、桜田門外の変・坂下門外の変が起こり、幕府の権威は失墜した。
同年、将軍家茂と和宮の婚儀が行われるが、朝廷内でも急進派の勢力は強く、過激な公家や長州藩を好まれない孝明天皇は、急進派公家と長州の排除を命じた。

=8月18日=
近衞、二條ら公武合体派の公家と京都守護職松平容保、所司代稲葉長門守が参内し、中川宮から勅旨が奏上された。九門を会津藩、薩摩藩が固めたため、堺町御門警備の長州藩が御門に集結した時にはすでに門内に入ることは許されなかった。

=政変の結果=
急進派の三條實美をはじめとする七卿と長州藩は京都を追われることとなった。
しかし、翌元治元年(1864年)には、池田屋事件を経て長州藩は京都に出兵し『禁門の変』へと至るのである。
なお、当時の堺町御門は、丸太町通に直接面しておらず、東は鷹司家、西は九條家と接し北に奥まり建てられていました。文久3年8月18日は、1863年9月30日にあたり、まさに155年前の御苑を舞台にした大事件でした。

 

京都御苑の見どころ 2018年9月26日 10:15

青・大・小が揃ったら...

20180918I 71.JPG
 台風21号の襲来で、苑内至る所で倒木などの被害を受けました。閑院宮邸跡庭の池にも大きな折れ枝が落ち、以前と景観が変わってしまった所もあります。
 それが関係してか、普段頻繁には訪れない2種の白鷺が連日姿を現しました。ほぼ毎日観察されるアオサギに加え、合計3種のサギが揃いました。
20180918I 1.JPG20180918I 50.JPG
 白鷺とは全身が白いサギの総称で「シラサギ」という名のサギはいません。今回訪れたのは「コサギ」と「ダイサギ」です。小さい、大きいの違いはありますが(ちなみにチュウサギという種もあります)単独でいた場合どう見分ければよいでしょうか?

 まず、コサギはくちばし、脚共に黒いのですが、指が黄色いのが特徴です。また、餌を採る際は浅瀬で片脚を小刻みに震わせ、撹拌するような動きをして水中に潜む獲物を追い出します。
20180918I 80.JPG
 一方ダイサギはくちばしは黄色、脚と指は共に黒色です。採餌方法はどちらかというと「待ちの戦法」です。水面下を伺いながらゆっくりと歩き、獲物を見定めるとS字型に曲げた首を瞬時に伸ばして捕えます。コサギより脚が長いので、より深い水の中でも狩りが出来ます。
20180918I 15.JPG
 この日もかなりの成功率で、次々と水中のザリガニを捕食していました。
20180918I 34.JPG
 そうこうしていると、アオサギがいつのまにかダイサギに背後から詰め寄り、追いかけ始めました。
20180918I 39.JPG
20180918I 41.JPG
 飛び立ったダイサギを陸地に追いやってもなお、執拗に牽制します。対して、マイペースで餌を探しているコサギには、全く目もくれません。
 アオサギは日頃から居ついているので、ふいに訪れたダイサギに対し縄張り意識が強まったのでしょう。加えてコサギよりダイサギを目の敵にしたのは、身体の大きさがほぼ同じで、採餌場所、採餌方法(アオサギも待ちの戦法)が似ている為、よりライバル視した故かもしれません。3種のサギが集まったことで、それぞれの生態や特性を垣間見ることができました。

 過ごしやすい気候となりました。ゆっくり時間をかけて生きものを観察すれば、思わぬ関係性を発見できるかもしれません。

京都御苑の見どころ 2018年8月15日 09:20

8月花ごよみ

20180814I 204.JPG
20180814I 218.JPG
・サルスベリ
 苑内各所で咲き始めていますが、今年は開花のペースがゆっくりのようで
 す。現在最もよく咲いているのは御苑南東部、富小路休憩所北のサルスベリ
 です。休憩所内からも見える位置ですので、涼しい室内から観賞するのも良
 いですね。
 しばしばお問い合わせをいただく拾翠亭のサルスベリは、上部から徐々に花
 を咲かせつつあります。全体で5分咲きといったところでしょうか。
 これから見ごろへと近づいていくことでしょう。
 間ノ町口、出水の小川周辺、児童公園、中山邸跡、寺町御門周辺他、苑内各
 所でも咲き始めています。
 (写真上:富小路休憩所北、下:拾翠亭を高倉橋から)
20180814I 50.JPG
・ギボウシ
 染殿井南東の草地を覗き込むと、小さな群落を作りひっそりと咲いていま
 す。ギボウシは古くから栽培され様々な園芸品種がありますが、こちらでは
 涼しげな純白の花をご覧いただけます。
20180814I 139.JPG
・ハギ(富小路口北東、寺町御門南西トイレ西)
 寺町御門南西では、開花中のサルスベリと同じ場所に植栽されています。
 ベンチに腰掛け、2種の花を眺められます。
20180814I 22.JPG
・カクレミノ(中立売西駐車場東苑路東沿い)
 咲き始めました。
20180814I 92.JPG
・キンミズヒキ(迎賓館東、南東、母と子の森他苑内各所)
・ムクゲ(閑院宮邸跡庭)
・ハナゾノツクバネウツギ(石薬師御門南西、仙洞御所東)

 

 

  


 


 

 


  

 

 

 


 

京都御苑の見どころ 2018年7月18日 16:49

7月花ごよみ

20180713I 113.JPG
20180717I 16.JPG
 ・ムクゲ(閑院宮邸跡庭)
 梅雨明けしたと思ったら、連日37℃を超える猛暑続き。苑内至る所で蝉時雨
 が響き渡っています。
 閑院宮邸跡庭ではムクゲが咲き始めました。花の形に注目すると、南国のイ
 メージがあるハイビスカスを思い出しませんか?ハイビスカスはアオイ科フ
 ヨウ属に分類される植物の総称で、ムクゲもハイビスカスの仲間です。
 中国原産、日本に渡来後多くの園芸品種が作られましたが、こちらは白い花
 弁の中心が紅い「宗旦(そうたん)ムクゲ」です。閑院宮邸跡庭の苑路か
 ら、また建物内からもやや遠目にご覧いただけます。
20180718I 75.JPG
・ヤブミョウガ(迎賓館東、児童公園北、今出川グランド南西、母と子の森、
 テニスコート南、閑院宮邸跡庭他)
 6月中旬から咲き始め、苑内各所で見ごろです。「ミョウガ」という言葉が
 付いていますが、ヤブミョウガはツユクサの仲間で、食卓にあがる茗荷とは
 別物です。葉の形が茗荷に似ている事が、名前の由来とされています。
 日陰を好むので、ヤブミョウガの群生場所はクールスポットと言えるでしょ
 う。濃い葉の緑に小さな花々の白は、見た目にも涼しさを感じさせてくれま
 す。
20180713I 86.JPG
・コムラサキ(児童公園、拾翠亭西、迎賓館南東)
 秋に美しい紫の実をつけるコムラサキですが、花は淡いピンク色です。
20180716I 124.JPG
・ハギ(富小路口北東、寺町御門南西トイレ西)
20180716I 83.JPG
・ハナゾノツクバネウツギ(石薬師御門南西、仙洞御所東)別名:アベリア



 

 

 

 


 

 

  

 

京都御苑の見どころ 2018年7月 7日 16:25

明治150年記念 禁門の変

hamagurigomon.jpg
京都御苑の西側中央近くに本瓦葺四脚門の蛤御門が建っています。
このあたりは、幕末の禁門の変の激戦地でした。
攘夷を唱え朝廷に影響力を有していた長州藩は文久3年8月18日(1863年)の政変で京都を追われ、翌元治元年6月には、勢力挽回を策して三条小橋の池田屋で集会中に新撰組の襲撃を受け、尊攘派志士に多くの被害を出しました。
simizudanike.jpg

この報は長州に直ちに伝わり、長州諸部隊は続々と武装上京し、山崎、伏見、天龍寺に陣を構えたのです。
7月19日早暁、戦端が開かれた伏見で、長州はあえなく敗走しますが、天竜寺から出撃した隊は御所に達し中立売御門を破ります。
蛤御門を守る会津藩は後退し、長州が公家門に迫ったところ、乾御門を守る西郷隆盛以下薩摩兵が駆けつけ激戦となりました。
この戦いの最中、清水谷家の椋のそばで長州藩の指揮官・来島又兵衛が討死したと伝えられています。
takatukasateiato.jpg

山崎から発した一隊が堺町御門に到着したのは、蛤御門付近の戦いが終わろうとする頃で、乱戦のなか鷹司邸内で松下村塾の俊才久坂玄瑞も亡くなったと伝えられています。

このとき、邸内に放たれた火は、河原町三条の長州藩邸などの火とともにどんどん焼けといわれる大火になり、21日ようやく鎮火しました。焼失範囲は、東は鴨川から西は堀川、北は一条から南は七条におよび、洛中の3分の2を焼きました。京都の町に大きな被害を与えたことは言うに及びません。150年余り前の夏の出来事です。

なお、御苑の外周九門は、明治の大内保存事業により現在の位置に移設されたもので、江戸時代末の蛤御門は外周の内側、南向きに建っていました。

閑院宮邸跡レクチャーホールで、展示を行っていますのでご来苑をお待ちしています。

 

 

京都御苑の見どころ 2018年6月10日 15:55

6月花ごよみ

20180609I 74.JPG20180609I 50.JPG
・ナツツバキ(染殿井、児童公園、母と子の森他)
 爽やかな白色が際立つナツツバキが咲き始めました。咲いては落ち、咲いて
 は落ちを繰り返す一日花ですが、今年は花数が多い印象です。
 御苑北西の児童公園では、低い位置でも開花していますので間近でご覧頂け
 ます。公園敷地内東寄りに1本植栽されています。地面に落ちた白い花を目
 に探してみて下さい。
 染殿井では見ごろ、母と子の森(北寄り)でも日々花を増やしています。
20180609I 35.JPG
・タイサンボク(乾御門東、児童公園休憩所東)
   純白の大きな花を上向きに咲かせ、遠くからでも目を引きます。直径は15
   ~25㎝程にもなる、国内最大級の花です。
   近くに寄れば、甘い芳香も感じて頂けます。
20180609I 68.JPG
・アジサイ(間ノ町口北西、拾翠亭西、閑院宮邸跡庭、仙洞御所東、児童公園
 他苑内各所)
 梅雨の季節を代表するアジサイも各所で咲き進んでいます。まとまった数が
 見られる児童公園は特にお勧めです。
 ご紹介したナツツバキはすぐ側に、タイサンボクも比較的近くにありますの
 で合わせてお楽しみ下さい。
20180609I 130.JPG
・キョウチクトウ(寺町御門北東)
20180609I 33.JPG
・クチナシ(出水広場北、閑院宮邸跡庭)20180609I 107.JPG
・ナンテン(染殿井、閑院宮邸跡庭他)


 



 


 


 

京都御苑の見どころ 2018年5月13日 09:20

5月花ごよみ

20180510I 35.JPG
20180510I 2.JPG
・カキツバタ、アヤメ
 5月、クスノキが香る爽やかな季節となりました。苑内では新緑に映える色
 の花々をご覧いただけます。
 御苑北西、近衞池生垣側の水際ではカキツバタが見ごろを迎えました。
 御苑南東、閑院宮邸跡庭の苑路沿いではアヤメが咲き始めています。
 「あやめ」と名が付いた由来の一説とされる、網状の模様も観察して下さ
 い。 
 (写真上:近衞池のカキツバタ、下:閑院宮邸跡庭のアヤメ)
20180512I 26.JPG
・エゴノキ(染殿井、児童公園内南側ブランコ東他)
 小さな白い花を枝いっぱいにつけています。うつむいて咲く様子から、
 英語では Japanese snowbell と表現されています。
 染殿井では終了間近ですが、近衞邸跡西の児童公園では見ごろです。
20180510I 14.JPG
・センダン(京都御所清所門西、児童公園休憩所西他)
 約一週間前から咲き始めました。淡紫色、5個の花弁に筒状になった雄しべ
 の紫色が目立ちます。
 清所門西の花はまだ目立ちませんが、葵祭の日にはもう少し咲き進む事でし
 ょう。
20180509I 12.JPG
・ヤマボウシ(母と子の森東、迎賓館東他)
20180510I 45.JPG
・イイギリ(児童公園北他)
・トベラ(児童公園、間ノ町口北、近衞池南西他)
・クスノキ(苑内各所)

 

 

 

 

 

 

 


 

2018年11月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30