北の丸公園の魅力(3)

見どころ最新情報一覧

  • 皇居東御苑でバードウォッチング! 皇居外苑の見どころ

    2018年1月12日  皇居東御苑でバードウォッチング!

     一般公開されている皇居東御苑(以下:東御苑)は旧江戸城としての歴史散策の場としてはもちろんですが、武蔵野の自然が残る動植物の観察の場としても全国各地から多くの方が訪れる場所です。  今回は、東御苑の本丸地区で出会った野鳥たちをご... 続きを読む

  • 北の丸公園で冬の訪れを感じよう 皇居外苑の見どころ

    2017年12月20日  北の丸公園で冬の訪れを感じよう

     一昨日は東京でこの冬初めての氷点下となりました。マフラーと手袋が手放せないひんやりとした空気に満たされた北の丸公園内では、花々の凛とした姿を楽むことができます。     ... 続きを読む

銅像

北白川宮能久親王銅像

北白川宮能久親王像

北白川宮能久親王は、1847年(弘化四年)伏見宮邦家親王第九皇子として誕生しました。1848年(嘉永元年)に青蓮院宮を相続し、更に1858年(安政五年)に輪王寺宮相続し、1870年(明治三年)に還俗して伏見宮に復帰、軍籍に就きました。1895年(明治二十八年)には近衛師団長に親補し、近衛師団を率いて台湾に出征しましたが、疫病にかかり、台南にて49歳の若さで薨去しました。銅像は新海竹太郎により1903年(明治36年)に建立されました。

吉田茂銅像

吉田茂像

北の丸公園中央通りから清水門に抜ける芝生地の一角に吉田茂像はあります。外務次官や駐英大使など要職を歴任している間において欧米諸国に知己を得たことを継起に米英通となりましたが、親米英派であるとして軍部から目をつけられていました。戦後は日本の復興と世界外交復帰に尽力し、サンフランシスコ講和条約の締結などでは、持ち前の行動力で日本の政治・外交を牽引しました。銅像は、船越保武により1981年(昭和56年)に建立されました。

大山厳銅像

大山厳銅像 大山厳銅像

1842 年(天保13 年)に薩摩藩士の次男として生まれ、薩英戦争では、西欧の近代的な軍備に触発され、砲術家・江川太郎左衛門に師事。日本陸軍に入隊後は西南戦争や続く士族反乱の鎮圧に尽力。日清戦争では第二軍司令官、日露戦争では満州軍総司令官として、日本の勝利に貢献しました。海軍の重鎮であった西郷従道(西郷隆盛の弟)とは従兄弟でした。銅像は軍服を着た騎乗姿で、新海竹太郎の製作により1918 年(大正7年)に完成。最初は現在の憲政記念館に建立され、のち上野に移転。現在の場所には1969 年(昭和44 年)に移されました。

品川弥二郎銅像

品川弥二郎銅像 品川弥二郎銅像

1843 年(天保14 年)長州藩萩に生まれ、吉田松陰の松下村塾で学んだのち、薩長同盟成立や戊辰戦争で活躍しました。明治政府成立後は、内務大臣などを歴任し、政界引退後も学校や信用組合の設立などに関わりました。銅像の製作にあたった本山白雲は、四国桂浜にある坂本龍馬像や東京霞ヶ関の伊藤博文像など、幕末・明治の志士や政治家の像を手がけたことでも知られ、品川弥二郎像も代表作の一つです。完成は1907 年(明治40 年)です。関東大震災で倒壊しましたが、作者自ら私費を投じ再建しました。